目次
はじめに
丸の内の新東京ビル1階ロビー。洗練されたオフィスビルのエントランスに、無垢の木の香りが漂うインスタレーションが出現しています。
「山と木と東京 TOKYO WOOD LIFE 2040」——日本デザイン振興会と三菱地所が主催するこの企画展は、2026年5月1日から31日まで、丸の内・有楽町エリアの複数会場を舞台に開催されています。今回訪問したのは、その第2会場にあたる「東京ウッドラボ」です。
精密研磨材を手掛けるメーカーとして、「素材」と「加工技術」の未来を考える上で、この展示は示唆に富む内容でした。以下、展示内容を軸に、製造業の視点からレポートします。
展示の全体像:「山の木」と「街の木」、2つのテーマ
展示は大きく2つのテーマで構成されています。
山の木活かす都市木造
放置された山の木材資源を、都市建築に活かす
街の木活かす都市林業
街路樹・公園の木を資源として管理・利活用する
いずれも、従来の「木材=山から切り出すもの」という概念を根本から問い直し、都市と森林の新しい循環を設計しようという試みです。
木製のパネルとサンプル材を多用した展示空間は、それ自体がメッセージになっています。
課題①:山の木が使われていない
展示の冒頭で提示されるのは、現代の日本の山が抱える深刻な構造問題です。
1950年代から70年代にかけて住宅建材需要を見込んで大量植林されたスギは、今や樹齢50〜70年の伐り頃を迎えています。ところが、木材需要の低下と木材価格の低迷により、伐採が進んでいません。
さらに問題なのが「大木が評価されない」という逆説です。長い年月と手間をかけて育てた大径木は、加工の手間やニーズから材料として使われにくく、チップ材やバイオマス燃料として処分されてしまいます。伐採されないまま森林が老齢化・劣化し、CO₂吸収機能すら低下するという悪循環が生まれています。
展示が示す解
この課題に対する解として展示が提示するのが、「都市木造」です。先端木質材料を活用し、山の木を都市建築に取り込む新しいアプローチが紹介されていました。
解法①:先端木質材料で都市建築を変える
山の木を都市建築へ——そのための技術革新として、展示は複数の先端木質材料を丁寧に解説しています。製造業の観点から特に注目したのは以下の3素材です。
CLT(直交集成板):大空間を木で実現する
CLTは、ラミナ(薄板)を繊維方向が直交するよう交互に積層・接着した板材です。欧米では1990年代に普及し、日本では2014年に初の国内専用工場が稼働した比較的新しい素材です。
最大の特徴は大きな板を作れること。現在、国内では最大12m×3m・厚さ300mmの製造が可能で、体育館のような大空間から中高層木造ビルまで対応できます。
製造にはエネルギーを要しますが、長期利用や繰り返し使用で環境負荷を抑えられます。大阪・関西万博を契機に再利用基準の整備も進んでいる点が興味深いところです。
集成材:1mを超える太い柱、20mに迫る長い梁
集成材は、ラミナを繊維方向を揃えて積層接着したものです。住宅用小断面から構造用大断面まで幅広く、1mを超える径の柱や20m近い長さの梁を作れるのが際立った強みです。
今回の展示には、大阪・関西万博「大屋根リング」の北東工区の柱(部分)の実物サンプルが展示されており、手で触れながらその精度と質感を確認することができました。素材はオウシュウアカマツ(ヨーロッパアカマツ)。直径数十cmの断面を直接見ると、木のエンジニアリング素材としての可能性を実感できます。
LVL(単板積層材):小径木・低質材を資源に変える
LVLは、丸太をロータリーレースで薄く切削した単板(ベニヤ)を繊維方向を揃えて積層接着したものです。日本では1960年代に「平行合板」として生産開始、1980年代に構造用材として確立しました。
最大の利点は小径木や低質材も活用できることで、資源利用効率が高くなっています。均質で強度が高く、薬剤の浸透性を活かした難燃材料の開発なども進んでいます。
課題②:街の木が「負債」になっている
展示の後半は、山を離れ都市へと視点が移ります。
東京は実は「木の多い街」です。2006年に始まった「街路樹100万本計画」により、2015年度末には都内の街路樹は100万本を突破しました。樹高3m以上の高木に限っても48万本以上が存在し、全国2位の本数を誇っています。
ところが、木は育つほど管理コストが増大するという構造問題があります。
コスト面
剪定・落葉清掃・病害虫駆除・伐採費用・幹枝の処分費用
リスク面
落枝・倒木の危険、伐採時の反対運動
「強剪定」の問題
管理コストを抑えるために幹や枝を短く切り詰める強剪定は、木を弱め、倒木・落枝リスクを高める上に、材を劣化させて伐採後の利用も困難にします。「管理のための剪定が、木の価値を破壊する」という逆説的な構造です。
解法②:「都市林業」という新しいコンセプト
この問題に対して展示が提示するのが「都市林業」という考え方です。 山の林業のサイクル——植栽・育成・管理・伐採・製材・製作建築——を都市に持ち込み、街路樹や公園の木を「負債」ではなく「共有資産」として管理・活用しようという提案です。
住民参加を促しながら数十年(時に百年以上)のサイクルを回すことで、単なる景観緑化から、街づくり・教育・地域活動の基盤へと木を転換させます。
具体的な実現提案として展示が示していたのは以下の3点です。
01 街の清掃工場等に小規模製材所を併設する
剪定枝や伐採木を輸送コストなく活用
02 都市緑地や公園を小中学校の演習林に
子どもたちの体験学習で木への意識を変える
03 巨木を活かして「木の街・東京」の象徴をつくる
ヒマラヤスギ等の大径木を象徴的建築物に
製造業の視点から:素材革命の本質
今回の展示を通じて感じたのは、木材産業が今まさに「素材の再定義」を行っているということです。
CLT・集成材・LVL・OSB・合板といった「再構成材」の登場により、木は「自然素材」から「エンジニアリング素材」へと進化しつつあります。小径木や低質材まで活用できる製造技術の高度化が、資源効率を劇的に改善しています。
研磨メーカーとして感じたこと
マイポックスが長年携わってきた精密研磨・加工の世界でも、素材の均質性・精度・表面品質が製品の価値を決めます。木質再構成材の製造においても同様に、積層接着の精度や表面処理の質が最終製品の性能を左右します。「塗る・切る・磨く」の技術は、分野を超えて素材産業の根幹に宿っているのだと改めて感じました。
まとめ:2040年の東京を木が変える
「山と木と東京 TOKYO WOOD LIFE 2040」は、単なる木材展示ではありません。山の放置林問題・都市緑化の管理コスト問題・カーボンニュートラル——複数の社会課題を「木」という素材を軸に統合的に解決しようとする、壮大な社会デザインの提案です。
2040年、丸の内のビルに使われた集成材の柱が、かつて奥多摩の山に立っていた木かもしれません。あるいは、中目黒の街路樹から作られた椅子が、自宅のリビングにあるかもしれません。 素材の旅路を意識することが、サステナビリティの出発点になるのではないでしょうか。 展示は2026年5月31日まで。丸の内エリアにお立ち寄りの際は、ぜひ足を運んでみてください!
記事No,440
