目次

  1. やかんに「なぜ?」を100回聞いてみる
  2. 「形をコピーする」だけでは足りない
  3. なぜ今、この思考法が必要なのか
  4. ピラニアの歯は「答え」を持っていた
  5. マイポックスが「表面」に向き合い続ける理由
  6. 「形」から「意図」へ。その一歩が技術を深める

やかんに「なぜ?」を100回聞いてみる

やかん

突然だが、あなたの手元にあるやかんを一度、じっくり眺めてみてほしい。

注ぎ口、取っ手、蓋、ステンレスの胴体。見慣れた日用品です。では、「なぜ注ぎ口はあの形なのか」「なぜ蓋は外れる構造なのか」と問われたら、すらすら答えられるでしょうか。

注ぎ口は水を出すためだけでなく、目的の位置に水を注ぐためにあります。蓋は保温のためだけでなく、ゴミが入らないためでもあり、取っ手が熱くなりすぎないよう熱の流れを遮断するためでもあります。一つの部品に、複数の「なぜ」が重なっているのです。

東京大学生産技術研究所の土屋健介准教授は、こうした問いを体系化した思考法を「リバース・フォワードエンジニアリング」と名付け、『機械設計』誌上で連載を続けています。製品の形や仕組みから出発して、設計者の意図にまでさかのぼる——それがこの思考法の核心です。

「形をコピーする」だけでは足りない

従来のリバースエンジニアリングは、製品を分解・計測して「同じものを再現できる状態」を目指すものです。寸法、材質、組み付け方を把握する、製造業の現場でも広く使われている手法です。

しかし、それでは足りないと土屋先生は言います。

形や仕組みをコピーするだけでは、設計者が何を考えたのかはわかりません。なぜその材質なのか、なぜその角度なのか、なぜその順番で組み立てるのか。その「なぜ」の答えを知らないまま製品を作っても、不具合が起きたときに対応できず、改良もできません。モノマネはできても、次の一手が打てないのです。

土屋先生が提唱するのは、形(構造)から仕組み(機構)へ、仕組みから働き(機能)へ、働きから価値へと、設計の上流に向かってさかのぼるリバースです。そしてそこまで遡ったうえで、新たな課題に合わせて再設計する——それがフォワードエンジニアリングになります。

この思考の地図を「思考展開図」と呼びます。縦軸に要素、横軸に「価値→機能→機構→構造」を並べ、矢印でつなぎます。やかんで言えば、以下のような連鎖が見えてきます。

思考展開図の例(やかん)

価値
ガスコンロでお湯をつくれる
機能
湯水をためて持ち運ぶ
機能要素
容器を手で持つ
機構
取っ手
構造
ステンレス製取っ手


なぜ今、この思考法が必要なのか

土屋先生は、この思考法が現代の製造業に特に必要だと言います。理由は三つあります。

1
技術継承の断絶
団塊の世代の大量退職が遅れて影響として現れ始め、「なぜこう設計したか」を知る人がいなくなりつつあります。残された製品の設計意図を読み解く力が、次世代の技術者には求められます。
2
設計者の成長機会の減少
今日の開発現場では、ゼロから設計する機会は少なく、多くが改良設計や流用設計です。既存製品の設計意図を徹底的に分析することが、試行錯誤の代替になり得ます。
3
社会変化のスピード
製品が使われる場所も、使われ方も、かつてないほど多様になっています。既存の設計意図を理解したうえで、新しい文脈に合わせてフォワードする力がなければ、変化に追いつけません。

図面を製図する人

ピラニアの歯は「答え」を持っていた

この思考法の面白さは、身近なものを観察するだけで深い気づきが得られる点にあります。

土屋先生の連載第13回では、包丁の切れ味が題材になりました。なぜ刃はとがっているのか。なぜスライドさせると切れやすいのか。なぜ「研ぎすぎると逆に切れなくなる」のか——これらを力学的に分析すると、切れる現象の主役が「引張応力」であること、刃の稜線に残るミクロな凹凸が応力集中を生み出していることが見えてきました。

そして土屋先生は、ピラニアの歯を電子顕微鏡で観察した画像を紹介しています。その稜線には、10〜20μmほどの規則的な凹凸が並んでいました。肉食魚の歯は、獲物の組織サイズ(細胞や繊維の太さ=数十μm)に合わせた粗さに、億年の進化を経て最適化されていたのです。

自然は、理由なく形を持ちません。その形には必ず「なぜ」があります。リバース・フォワードエンジニアリングとは、その「なぜ」を問い続ける姿勢そのものだと言えるかもしれません。

マイポックスが「表面」に向き合い続ける理由

マイポックスは精密研磨材メーカーとして、砥粒の粒度・形状・分布を精密にコントロールした製品を作り続けています。

研磨という工程は、最終的に表面の粗さプロファイルを設計する行為です。Ra(算術平均粗さ)やRc(平均高さ)といった数値は、その表面が何のために使われるかによって最適値が変わります。切れ味のための粗さ、接着のための粗さ、摺動のための粗さ——同じ「粗さ」という言葉でも、目的が違えば答えが変わるのです。

土屋先生が「なぜ刃の凹凸が切れ味を生むのか」を問うたように、私たちも日々「この粗さは何のためか」を問い続けています。表面の設計意図を理解せずに研磨材を選ぶことは、やかんの設計意図を知らずに部品を交換するのと同じです。

リバース・フォワードエンジニアリングという思考法は、製品設計者だけのものではありません。素材・加工・表面処理に携わるすべての技術者に関わる問いだと、私たちは考えています。

SiCウェーハ

「形」から「意図」へ。その一歩が技術を深める

土屋先生の連載は、やかんや包丁といった身近な題材を通じて、工学の本質を問い直す試みです。難しい数式より先に「なぜ?」を問うこと。その姿勢が、設計者の思考を根本から変えると先生は言います。

マイポックスのオウンドメディアでも、この「なぜ?」を大切にしたいと考えています。なぜこの砥粒なのか。なぜこの基材なのか。なぜこの粒度分布なのか。研磨材の形の奥にある設計意図を、これからも言葉にして届けていきます。



📋 参考・出典

本記事は、土屋健介准教授(東京大学生産技術研究所)による連載「価値を再創造する リバース・フォワードエンジニアリング」第1回(『機械設計』2024年4月号)および第13回(同2025年4月号)を参考に、マイポックス株式会社が独自の視点で構成・加筆したものです。


記事No,458