SiC(シリコンカーバイド)やGaN(窒化ガリウム)など、今注目を集めている次世代パワー半導体はその繊細さ故にウェーハの高い加工技術が求められます。
MipoxのSiC結晶転位高感度可視化装置「XS-1」はウェーハに含まれる結晶構造を非破壊かつ高精度に観察することができ、様々な結晶欠陥の可視化および判別に加え、将来的には欠陥発生の原因究明にも役立ち、実験および製造プロセスの改善にも大きく貢献できると期待できます。

本稿ではXS-1の独自性を語る前に、まず本装置の基本光学となる偏光顕微鏡の現状と課題について解説していきます。

XS-1
(画像=XS-1)

目次

  1. 1. 偏光顕微鏡の照明法の特長
  2. 2. 偏光顕微鏡に使われる偏光板の現状
  3. 3. 偏光顕微鏡の課題
  4. 4. 偏光顕微鏡の不可能に挑む「XS-1」

1. 偏光顕微鏡の照明法の特長

偏光顕微鏡は、物体の結晶構造に密接な関係がある「偏光」や「複屈折特性」を観察するための光学顕微鏡です。偏光顕微鏡に使用される透過光照明は一般的に「ケーラー照明」と呼ばれ、図1のように光源から発した光をコレクターレンズとコンデンサーレンズを通すことによって、均一な光を照射する照明法になります。

ケーラー照明
(画像=図1ケーラー照明)

このケーラー照明は各種レンズの解像力を得るために高い光量を確保する必要があります。一般に白色光すなわち可視スペクトル分布が広範囲な光が照射され、またその白色光の中に含まれる波長が異なるさまざまな光が、各々異なる屈折率によりいろいろな方向(角度)の光を照射します。つまり光の周辺がぼんやりとした、平行度が低い「低コリメート照明」になるわけです。

この方式のメリットは、光源の光にムラがあっても照射光はムラのない均一な光になる点です。しかし、この照明法が観察対象によっては大きな問題になることがあります。それは後ほど解説します。  

2. 偏光顕微鏡に使われる偏光板の現状

偏光顕微鏡にはニコルと呼ばれる偏光板が2対(ポラライザ(偏光子)とアナライザ(検光子))組み込まれています。観察方法にはオルソスコープ法やコノスコープ法がありますが、図2の通りどちらもポラライザはコレクターレンズとコンデンサーレンズの中間に位置し、アナライザは対物レンズ後方に位置します。またレタデーション※の厳密な測定や色彩コントラストの強調を行なうための検板やコンペンセータなどの位相板もありますが、どちらも対物レンズ後方に位置します。 ※結晶の複屈折率により生じる位相差

図2オルソスコープ法とコノスコープ法の概略図
(画像=図2オルソスコープ法とコノスコープ法の概略図)

何が言いたいかというと、これらはコンデンサーレンズや対物レンズの光学的な歪の影響をそれぞれに受けることになり、得られる偏光特性の情報に影響を与えてしまうわけです。

光学的に得られた情報は最終的に接眼レンズによる目視観察、あるいは撮像素子(CCDカメラもしくはC-MOSカメラ)による画像化によってモニタリングされるので、標本の歪やレタデーションは光学的要素からなる情報のみで、電気的な感度可変や倍増機能は有していません。

3. 偏光顕微鏡の課題

以上の基本的な光学手法を用いて本格的な偏光顕微鏡が作られたのは1844年のことです。つまり170年以上も前からほとんどその基本原理は変わっていません。

偏光顕微鏡はさまざまな異方性のある物体の複屈折を容易に観察することができますが、観察対象が微小な歪場や転位サイズが原子レベルの格子欠陥である場合、従来の偏光顕微鏡が持つ低コリメートで且つインコヒーレント(干渉縞が見えないほどに多方向へ光が照射されている状態)である光学特性により、様々な光の角度から得られた物体の偏光情報が相互作用することで積分され、さらに広帯域の波長によりレンズの屈折率が異なり偏光の方向が一定ではないため、得られる位相差情報の空間分解能(位置的に接近した2点を独立した2点として見分ける能力。)が必然的に低下してしまいます。

そのため、高い分解能が必要とされる原子レベルの変位(貫通螺旋転位、貫通刃状転位など)に起因する転位近傍の微小な複屈折情報は通常の偏光顕微鏡では観察がとても難しくなります。

こうした理由から、原子変位レベルの歪や微小な転位欠陥の観察や評価・分析を行うには、破壊検査のKOHエッチング法、非破壊検査ではPLイメージング測定法、あるいはシンクロトロンによる放射光X線トポグラフなどの大型放射光施設による観察を行うことが一般的です。

4. 偏光顕微鏡の不可能に挑む「XS-1」

MipoxのSiC結晶転位高感度可視化装置「XS-1」では、従来の偏光顕微鏡では観察が困難であったウェーハ内の微小な結晶欠陥(転位)のを観察(可視化)することを目的とし、さまざまな技法によりそれを実現しました。

XS-1は従来の偏光顕微鏡と比べて、以下の優位性を持ち合わせています。

・高コリメート光および高精度偏光板の採用による微小な結晶欠陥(転位)の検出 ・SiCに対して高い透過率を持つ単一波長の光の効果的な活用 ・運用の安全性と低コスト化および小型化 ・画像演算処理機能(信号処理機能)のリアルタイム観察

これらを実現するに至った技法については、次回「XS-1の光学技法」編にて解説します。