家庭用IHから研究用ナノ粒子加熱まで。周波数を変えるだけで加熱特性を自在にコントロールできる誘導加熱技術。高周波IHが拓く未来の応用とは―。

IHは“周波数”で性格が変わる

IH(誘導加熱)と聞くと、家のキッチンにあるIHコンロを思い浮かべる方が多いでしょう。しかし、この技術は工場や医療の現場など、私たちの見えないところでも活躍しています。誘導加熱は、コイルから発生する交番磁界によって金属内部に渦電流を流し、その抵抗や磁気損失で発熱させる仕組みです。このとき重要なのが「周波数」です。周波数が高いほど電流は表面に集中し(スキン効果)、表面加熱に適します。逆に低いほど熱は深くまで浸透し、内部を温めるのに向いています。
家庭用IHコンロでは通常25〜50kHz程度の周波数が使われ、鍋全体をむらなく加熱します。一方、Panasonicが2009年に発売したオールメタル対応IHコンロでは、周波数を120kHzまで高めることで、銅やアルミといった非鉄金属製の鍋にも対応可能に。周波数設定次第で加熱範囲や素材特性を変えられるのが、IH技術の大きな魅力です。

周波数

ナノ粒子を“狙い撃ち”で加熱する高周波技術

この周波数依存性は、ミクロの世界でも応用が進んでいます。Ultraflex社の研究によると、磁性ナノ粒子を交番磁界にさらすと、ヒステリシス損失やネール緩和などによって粒子そのものが発熱します。この技術は「磁気ハイパーサーミア」と呼ばれ、がん治療やドラッグデリバリー分野で注目されています。
一般的に磁気ハイパーサーミアでは50kHz〜500kHzの高周波が用いられます。研究用システムでは1〜10kW、150〜400kHzの装置が主流で、ナノ粒子を含む溶液を非接触で加熱します。高周波を利用することで粒子周囲のみを急速に温め、周辺の細胞や溶媒へのダメージを抑えることができます。
※参考:Ultraflex Power Technologies公式サイト「Nanoparticle Heating Systems」より

磁界

身近な応用可能性

ナノ粒子加熱は医療分野にとどまりません。原理を応用すれば、日常や製造現場でも活用できます。たとえば、金属粉を混ぜた接着剤やインクを使うと、IHヒーターで“必要な部分だけ”を硬化・乾燥させることが可能です。高周波では表面を素早く硬化させ、低周波では内部をじっくり加熱。プロセス制御を変えるだけで、用途に合わせた最適な仕上がりが得られます。工場の自動化ラインはもちろん、DIYや研究開発の現場でも新たな活用の可能性が広がっています。

微粒子

まとめ

周波数によって加熱の性格が変わる―これがIHの最大の特性です。25〜50kHzの低周波で鍋全体を温める家庭用IHから、150〜400kHzでナノ粒子をピンポイントに加熱する研究用装置まで、誘導加熱技術は応用範囲を急速に拡大しています。IHはもはや“調理家電”の枠を超え、ミクロ粒子・医療・ものづくりの分野へ進化中。高周波が拓く次世代の加熱技術に、これからも注目です。

IH