目次
1)日本の文化製品としての日本酒と、お米の磨きの重要性
日本酒は、ただのアルコール飲料ではなく、日本文化を象徴する酒文化の一端です。米と水、そして職人の技によって生まれるその深みは、古くから人々に親しまれてきました。そしてその原材料である「酒米」において、最初のステップ — 「磨き(精米)」 — は、味わいや香り、品質を左右する極めて重要な工程です。
酒造りに先立つ精米は、「玄米」の外側の「糠(ぬか)」や「胚芽(はいが)」などを取り除き、澱粉を中心とした米の内部を残す行為です。なぜなら、玄米の表層にはタンパク質、脂質、ミネラルなどが豊富に含まれています。これらは食用の米としては栄養豊富で望ましいものですが、日本酒の醸造においては雑味や香りの邪魔になりやすいのです。
「磨き」によってそれらを削り落とすことで、澱粉主体の白米に近い状態を作り出し、雑味が少なく、麹菌や酵母による発酵が米の中心部でスムーズに進む条件を整えます。香り高く、透き通った味わいの日本酒を造るためには、この「米を磨く」ことが不可欠です。
また歴史的にも、酒造における精米は古くから行われてきた技術で、江戸時代には足踏みや水車を使った精米の様子が記録に残っています。
このように、「米を磨くこと」は日本酒という文化製品を成立させる"第一歩"であり、古来から現代まで連綿と受け継がれてきた核心部分でもあります。
2)磨き方 — 精米の手法とその進化
「米の磨き(精米)」と一口に言っても、その方法には複数あり、それぞれに特徴があります。ここでは代表的な方法を紹介します。
・従来型(球状精米)
最も一般的かつ歴史的に広く使われてきた方法で、米粒を回転させながら外側を削る「球状精米(spherical polishing)」です。ポピュラーではありますが、米粒の「長軸」「短軸」「厚み」のどこがどれだけ削られているかは粒の回転の仕方に左右され、「端の部分(長軸方向)が過剰に削られ、厚み方向はあまり削られにくい」といった偏りが出ることがあります。結果として、中心部の澱粉(望ましい部分)を無駄に削りすぎたり、表層の不要成分が十分取り除かれていなかったりする可能性があります。
・扁平精米
この欠点を克服するために考案されたのが、「扁平精米」と呼ばれる方式です。この方法では、米粒の長さ・幅・厚みのすべての面から均一に削るように設計された精米機を使います。結果として、表層のタンパク質や脂質を効率よく除去しつつ、必要な澱粉を残すことができます。
たとえば、ある酒蔵は「スーパー平滑精米(super-flat rice polishing)」という名称でこの方式を実用化しており、従来の球状精米では同じ"精米歩合"でも除去される不要成分の量は少なくなりがちだったのに対し、平滑精米ではより確実に不要成分を削り取り、酒質を向上させています。
このように、精米の手法そのものが進化しており、単なる「何%削るか(精米歩合)」だけでは測れない微妙な品質差が生まれています。
3)日本酒における米の磨きとお酒の味 — 心白の重要性と、磨きが進むと…
「精米歩合(せいまいぶあい)」は、酒米をどれだけ削ったかを示す指標で、「玄米を100%として、磨いた後に残る白米の重量比率」が%で表されます。たとえば、精米歩合60%なら玄米の40%を削り落としたことを意味します。
この数値が小さい(=多く削る)ほど、雑味の元となるタンパク質や脂質が除かれ、結果的にクリアで軽快、華やかな香りを持つ酒になりやすくなります。逆に削りが少ない(精米歩合が高い)と、米本来の旨味やコクが残り、濃醇で味わい深い酒となる場合があります。
特に中心部の「心白(しんぱく)」 — これは酒米の粒の中で不透明な白い部分で、澱粉質が豊富で麹菌が入り込みやすい構造を持つ — をどれだけ残すかが重要です。
磨きを深くすることで、純粋にこの心白部分のみを使った酒造りが可能となり、雑味が少なく、フルーティーで透明感のある香り高い日本酒が実現します。吟醸酒・大吟醸酒がそうした「磨き深め」の酒の代表格です。
一方で、精米歩合だけがすべてではありません。過度の磨きは澱粉の量を削りすぎ、コストが跳ね上がるという現実もあります。
つまり、「どこまで削るか」「どう削るか」のバランスや技術が酒質を左右する、ということになります。
4)日本酒メーカーの多くが自社で磨きを行っていない現実と、こだわるメーカーの例 — 獺祭 の存在
意外に思われるかもしれませんが、多くの日本酒メーカー(蔵元)は、実際には「自社で米を磨かず」、外部業者や農協に依存していることが一般的です。酒米の精米には専用の設備が必要で、コストや手間の面で非効率だからです。
そのような中で、自社で磨き工程を持ち、品質に強くこだわる希有な存在が「獺祭」です。獺祭では、酒の名称に「磨き◯◯」と"精米歩合"をそのまま採用。たとえば「磨き二割三分(23%)」「磨き三割九分(39%)」「磨き四割五分(45%)」というラインナップがあります。
獺祭の磨き二割三分は、玄米の約77%を削り、米の中心部だけを使用。結果として、華やかな上立ち香、クリアで雑味の少ない酒質、豊かな含み香と後味の切れ味の良さを実現しています。
また、蔵元自身が「磨きそのものに満足するのではなく、出来上がる酒の味で勝負する」というポリシーを掲げており、その品質追求への姿勢が、世界的にも支持を受ける理由のひとつです。
このような例は珍しく、多くの蔵では「磨き」工程を外部任せにすることで、人件費・設備投資・メンテナンスコストを抑えているのが実情です。
5)工業材料と農業材料の面白い違い — 仕様書と品質基準の有無、それが意味するもの
ものづくりの世界、特に工業材料では、供給側と受け入れ側が「仕様書(スペック)」を取り交わし、品質基準を明記することが通例です。こうして原材料の成分、許容誤差、寸法、物性などが明確に定義され、品質の再現性と安定性が保たれます。
しかし、日本酒の世界 — 特に「酒米の精米」を巡る現状はそれとは大きく異なります。まず、酒米を供給する側(農家や農協)には「特等」「一級」などの品質ランクがありますが、その審査はサンプリングや人間の目による外観評価が中心で、化学的な成分分析や粒の均一性、心白の大きさなどを厳密に測定しているわけではありません。さらに、実際に「どれだけ磨くか」「どう磨くか」は、受け入れ側の蔵元にゆだねられており、統一された仕様書の交換は行われていないのが一般的です。これこそが日本酒業界の特徴の一つといえます。
一方、特に海外展開を視野に入れている蔵元では、このような「あいまいな仕様」を真剣に見直し、「原料 → 精米 → 醸造」の各ステップで自社管理と品質追求を行おうとする動きがあります。先に挙げた獺祭はその代表格であり、自社での磨き、さらに酒質の設計を徹底することで、世界に通用する日本酒を造り出してきました。
また、磨きの方式に工業的な視点(平滑精米など)を取り入れたり、精米機械を改良したりすることで、まさに"素材としての米"を工業材料のように扱う志向も見られます。つまり「農業材料」と「工業材料」の狭間に存在するのが、現代の日本酒といえるのです。
6)まとめ
- 日本酒の品質を左右する「磨き(精米)」は、雑味を生む成分を除き、澱粉質の中心部分を残すために不可欠な工程。
- 精米歩合が小さくなるほどより多く磨かれ、雑味が少なく、香り高く軽快な酒となる傾向がある。ただし、削りすぎはコストや米のロスを増やす。
- 精米方法には、従来の球状精米だけでなく、より均一に削る「扁平精米」などがあり、技術革新によって酒質に大きな差を生み出している。
- 多くの日本酒メーカーは精米を外部任せにしており、自社で「磨き」に取り組む蔵元は少数派。その中で「獺祭」は、自社で磨き・精米から酒造りまで徹底管理し、世界に通用する品質を実現してきた。
- 日本酒業界では、工業材料のような厳格な仕様書や品質基準が存在せず、それが「ある意味での自由」と「ある意味での品質のばらつき」を生んでいる。一方で、この曖昧さを見直し、自社で精米管理から酒質設計まで手がける蔵元が増えることは、日本酒の品質をさらに高める可能性を秘めている。
最終的に、「米を磨く」という行為は単なる前処理ではなく、日本酒という文化を形づくる重要な"技術"であり、その奥深さは、酒を味わう以上に、つくる側の哲学や技術の歴史を感じさせるものです。今後もし機会があれば、実際に異なる精米歩合・異なる精米方法の酒を飲み比べ、その差を体感するのも面白いでしょう。
