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はじめに:「ナフサが足りない」という日常
朝、出社する電車のなかで、ある住宅設備メーカーがユニットバスの新規受注を一時停止したというニュースが目に入りました。建材メーカーが断熱材を四割値上げし、塩ビ管メーカーも価格改定に踏み切ったと続きます。趣味の世界では、プラモデル用の塗料やシンナーが品薄になり、店頭で購入制限が始まりました。
ここ数か月、私たちの身の回りで起きていることの根っこは、ひとつにつながっています。ホルムズ海峡を巡る地政学リスクです。
2026年2月末の中東情勢の急変以降、ホルムズ海峡を通過するタンカーは一日数隻まで激減しました。日本の原油輸入の約九割は中東を経由しています。原油から取り出されるナフサの実質的な中東依存度は約八割。プラスチック、塗料、繊維、医薬品の包材、食品の包装フィルム ― ほとんどの工業製品の出発点であるナフサが、いま「届かない」「あっても高すぎる」という事態になっています。
国家備蓄の放出、代替ルートでの調達拡大、民間義務備蓄の暫定縮小と、政府も矢継ぎ早に手を打っています。しかし、政府が見通す「平時の六割の調達」だけでは、川上から川下までのサプライチェーンの不安は容易には収まりません。
これは一過性の混乱ではなく、「もう一段、深い場所からものづくりを問い直すべき時代に入った」というシグナルではないか。私はそう受け止めています。
なぜ、いま、このシリーズを始めるのか
マイポックス株式会社は「塗る・切る・磨く・観る」という、ものづくりの足腰にあたる技術を磨いてきた会社です。半導体ウェーハの超精密研磨から、自動車部品の表面処理、光ファイバーやハードディスクの加工、検査・評価まで ― 派手な完成品の影で、確実に効率と品質を担保する、いわば「裏方の専門家集団」です。
その私たちが、いま改めて自社の技術を見渡してみると、ひとつのことに気づきます。
マイポックスの主力技術の多くは、結果として「石油依存度を下げる」方向に作用している。
たとえば、研磨フィルム方式の研磨加工は、加工時はドライもしくは純水のみの利用で使えます。IH粉体塗装システムは、有機溶剤を使いません。粉体塗装は揮発成分がなく、塗料の回収・再利用ができるため、塗料ロスが少ない。乾燥工程の熱源を高周波誘導加熱(IH)に置き換えることで、ガスボイラーが不要になります。レーザー剥離装置は、ハンガー治具の塗装を剥がす工程から、薬液やシンナーを排除します。SLAC(ソルベントレス)研磨材は、粉体塗装の設計思想を取り入れ、溶剤の使用量そのものをゼロにします。
これらは、もともとは「CO₂削減」「人体への安全性向上」「省エネ補助金対応」といった文脈で語られてきました。しかし、今回の原油クライシスを経験して、もうひとつの顔が見えてきたのです。
それは、サプライチェーンを「石油由来の溶剤・燃料」から少し遠ざける技術、という顔です。
地政学リスクに揺さぶられにくいものづくりへ、ほんの少しでも歩を進める。そのためのピースを、マイポックスは社内に持っているのではないか。だとすれば、それを社外に向けて、丁寧に言葉にしていく責任が私たちにはある。このシリーズは、そんな問題意識から始めます。
危機への二つのアプローチ ― 「凌ぐ」だけでよいのか
エネルギー危機への対応は、大きく二層に分かれます。
短期
「凌ぐ」アプローチ
国家備蓄の放出、代替ルートでの調達、燃料補助金、価格転嫁の許容 ― 政府や商社が前線で戦っている領域。これがなければ、いまの工業生産は維持できない。
中長期
「構造を変える」アプローチ
ものづくりの工程そのものを「石油に依存しにくい構造」に再設計する。第一次オイルショック後の投資が90年代以降の国際競争力につながった。
マイポックスは大企業ではありません。一社で世界の石油需給を動かせるわけでもない。けれども、私たちのお客様 ― 自動車、家電、建機、楽器、住宅設備、半導体 ― のそれぞれの製造現場には、「ガスから電気へ」「溶剤からドライ・粉体へ」「薬液からレーザーへ」と置き換え可能な工程が、必ず存在しています。
そこに、マイポックスの技術が嵌まる余地があります。
このシリーズで取り上げる三本柱
このシリーズでは、当面、以下の三本柱を軸に記事を展開していきます。それぞれの技術が、現在の原油クライシスのどの局面にどう効くのかを、現場レベルで具体的にご紹介していく予定です。
① 次回 #02
IH粉体塗装システム
ガスボイラー不要の「オール電化塗装」
② 次々回 #03
レーザー剥離装置
薬液・シンナーを使わない剥離工程
③ 今後予定
SLAC研磨材
溶剤フリーの研磨設計
①. IH粉体塗装システム — ガスボイラー不要の「オール電化塗装」
従来の塗装焼付乾燥工程は、LPG等のガス燃料で大型炉を加熱するのが主流でした。マイポックスのIH粉体塗装システムは、これを高周波誘導加熱(IH)に置き換えます。
IH粉体塗装システムの主な効果
塗装乾燥時間
90%以上短縮
設置スペース
1/3に
CO₂排出量
ガス炉比で大幅減
ランニングコスト
最大30%削減
東芝様、田窪工業所様をはじめ、すでに大型コンプレッサ、厚板板金、消火器、油圧シリンダなど多様な現場で導入が進んでいます。さらに、有機溶剤を使わない粉体塗料そのものが、VOC規制・消防規制の対象外。「石油由来の溶剤も、ガス燃料も、両方使わない塗装」が可能になります。
② レーザー剥離装置 — 薬液・シンナーを使わない剥離工程
塗装ハンガーの剥離工程は、これまで強酸・強アルカリの薬液や有機溶剤に頼ってきた領域でした。マイポックスのファイバーレーザー剥離装置は、高速1軸スキャナ方式で母材にダメージを与えずに塗膜・錆を除去します。
シンナー価格の高騰、廃液処理の負担、作業環境の安全性 ― いま現場が抱える複数の課題を、一つの装置で同時に解決できます。これは、原油クライシス以前から評価されていた技術ですが、いまこそ採用の合理性が際立つ局面に来ています。
③ SLAC(ソルベントレス)研磨材/受託研磨サービス — 溶剤フリーの研磨設計
半導体ウェーハから自動車部品まで、研磨工程は溶剤の使用量が無視できない領域です。マイポックスは創業以来の研磨材開発の蓄積を活かし、粉体コーティングで性能を発揮する研磨材、低VOC設計のスラリー・洗浄剤、ドライ加工と組み合わせる研磨フィルムを提供してきました。
「溶剤を減らす」というのは、単にコスト最適化ではなく、サプライチェーンの脆弱性を下げる行為でもあります。この視点で研磨工程を見直す、そのきっかけをお届けします。
「最適化」から「強靭化」へ — 製造業の発想転換
過去30年、製造業は徹底した「最適化」を追求してきました。ジャストインタイム、サプライチェーンの細分化、最安値での部材調達、最少在庫 ― いずれも平時には合理的でした。
しかし、ホルムズ海峡が事実上閉ざされ、紅海ルートも不安定なこの時代において、最適化された脆いラインよりも、少し冗長で、少し代替性を持ったラインのほうが、結果として企業を守るということが見えてきました。
「もうひとつの選択肢」を社内に持っておくこと
ガスが止まったら、電気で焼ける
シンナーが手に入らなくても、レーザーで剥がせる
溶剤が高騰しても、粉体で塗れる
こうした「もうひとつの選択肢」を社内に持っておくこと。それが、これからの製造業のリスクマネジメントだと、私は考えています。マイポックスは、その「もうひとつの選択肢」を、お客様の現場にお届けする会社でありたい。
次回予告
次回 #02
IH粉体塗装システム編
すでに導入いただいた現場の声、補助金活用の実際、デモ機での試作の流れまで、踏み込んで解説します。
ホルムズ海峡が完全に正常化するには、専門家でも一年以上を見込むという声があります。けれども、その間にも、日本のものづくりは止まることはできません。
「凌ぐ」だけでなく、「次の構造」に向けて、半歩でも踏み出す。 その半歩を、一緒に踏み出していただける方々と、このシリーズを通じてつながっていけたらと願っています。
お問い合わせ・デモ機見学のご依頼
マイポックス株式会社 環境ソリューション事業部
鹿沼プラントでは、粉体塗装からIH誘導加熱工程まで、実機での試作・昇温乾燥試験が可能です。
