本章の概略説明
技能五輪全国大会は、1963年から毎年開催され、今年(2025年)で63回目を数える、幅広い職種を対象とする、唯一の全国レベルの技能競技大会です。機械系(9職種),金属系(5職種),建設・建築系(9職種),電子技術系(5職種),情報通信系(3職種),サービス・ファッション系(10職種)の計41職種で、約1,000名の青年技能者(23歳以下)が技能日本一を目指して競います。
本稿では、技能五輪全国大会「機械組立て」職種に挑戦する(株)豊田自動織機の取り組みと、選手がやすりに求める性能について、選手・コーチ経験者の立場からお伝えしていきます。
株式会社豊田自動織機と技能五輪全国大会
豊田自動織機では、2000年より技能五輪全国大会への挑戦を開始し、2024年までの25年間で、金賞22,銀賞50,銅賞53,敢闘賞75 計200のメダルを獲得しています。 現在は社業に関連の深い「機械組立て」「メカトロニクス」「機械製図」「旋盤」「構造物鉄工」「電気溶接」の6職種に挑戦しており、選手は原則3年の訓練期間で、日本一を目指せる水準の高い技能と、トラブルに対処できる問題解決力、強い精神力を身に着けます。当社(豊田自動織機)では、原則、技能専修学園(次項参照)の修了生から技能五輪選手を選抜しています。
豊田自動織機 技能専修学園とは
豊田自動織機 技能専修学園は、職業能力開発促進法に基づく“認定職業訓練校”で、訓練を修了すると「技能士補」の資格を得ることができます。 主に工業高校を卒業した約60名の新入社員が在籍しており、入社すると同時に入学するため、給料を貰いながら1年間訓練を受けることができます。
訓練は「心身・実技・学科」の3本柱で構成されており、指導員(学校でいう先生)を務める先輩社員から、実用的な知識や技能の指導を受けますが、高校に比べると、社会人としての基礎を身に着けるための心身訓練の時間が多いのが特徴です。
2025年現在、累計修了者数は2,600名を超え、製造現場の核となって活躍しています。
機械組立て職種の競技内容
機械組立て職種は、鉄工やすりで複数の部品に仕上げ加工を行い、最終的に自動動作する装置を組み上げる競技です。仕上げ加工とはいっても、やすりで鋼材(主にS50C)を削るには大きな力が必要で、選手たちはアスリートのような素早く力強い動きで部品を仕上げていきます。
競技時間は約6時間30分。そのうち9割程度はやすり仕上げ作業です。
昼休憩1時間を挟んで、午前3時間,午後3時間30分をノンストップで作業し続けます。
求められる精度は0.001㎜単位。金メダルを狙うレベルの選手であれば、0.01㎜のズレで大失敗だと感じるような精度感覚になります。


機械組立て職種で求められるやすりの性能
機械組立て職種の競技を行うなかで、成績を左右する最も重要な道具が“やすり”です。
やすりに求める性能は、切削性・耐久性・平面精度の3つですが、特に平面精度が重要です。
やすりはパッと見た感じでは真っすぐに見えますが、目立てや焼き入れの際に生じた歪みで、削れ方に「中高」「中べこ」「二本線」「ねじれ」などのクセがでます。
当然、選手はクセのないやすりを求めますが、Mipox社のカーボナイトG3やすりは平面精度が非常に高いため、特に最終仕上げの場面で好んで使われています。
技能五輪機械組立て職種では、Mipox社のカーボナイトG3やすりが登場するまでは、ニコルソン(アメリカ)、バローベ(スイス)のやすり以外はほとんど使われておらず「日本一を決める舞台に日本製のやすりが無い」時代が長く続いていましたが、今では参加企業14社中12社が使用するところまで普及しており、日本のものづくり人材育成の一端を担う身として、非常に嬉しく思います。


やすり仕上げ教育の意義
製造現場では、やすりで製品に加工を施すことは、限りなくゼロに近いレベルまで減っていますが、当社(豊田自動織機)では、技能専修学園の最初の訓練に仕上げ実習を設定しており、ものづくりの基礎を教え込んでいます。
また、国家技能検定の仕上げ職種にも多数の社員が挑戦しています。
※当社(豊田自動織機)では毎年約40人が挑戦し、検定(2級以上)保有者は2025年現在650名超です
やすり仕上げを教育・訓練するメリットは大きく2つあります。
一つ目は、道具・工具の扱いが上手になることです。
仕上げ作業では、やすりをはじめとした道具の扱いの良否がそのまま部品の精度に反映されるため、道具を丁寧に扱うことや2S(整理・整頓)の大切さが肌感覚で理解できます。
二つ目は、精密な加工や組立てに必要な精度感覚を涵養できることです。
やすりを力いっぱい押さえると、ひずみが生じて鋼材の削れ方が変わります。
また、部品を組み付けると単品では確保できていた精度(直角度など)が狂うことがあります。
このような体験が技能者の血肉となり、企業の技能レベルを底上げすることに繋がります。
最後に
デジタル化が急速に進む現代においても、人間が持つ技能の可能性にはまだまだ追及する余地があります。事実、技能五輪の競技レベルは年々向上しており、競争が激化しています。
「神は細部に宿る」といいますが、やすりでの仕上げ加工技能を日々研鑽する中で身に着ける0.001㎜単位の精度感覚は、様々な作業に応用できるものであり、まさに細部のクオリティを左右するものだと言えます。
極限の精度感覚を習得し、その先にある全国大会での金メダル獲得を目指す当社(豊田自動織機)の技能五輪選手にとって、やすりは何よりも重要な道具であり、平面精度の高いMipox社のやすりは欠かせない存在となっています。