100周年という「区切り」と「スタートライン」
2025年11月21日、マイポックス株式会社は創業100周年を迎えた。
鹿沼事業所には、国内・海外の全拠点から社員が集結し、リアルに顔を合わせて節目を祝う式典が開催された。
研磨・表面処理という、一見すると目立たないが、 産業の根幹を支える技術と真摯に向き合い続けてきた100年。
式典では、これまでの歩みを振り返るとともに、次の100年へ向けた想いが共有された。 この日が「ゴール」ではない。
むしろ、新たなスタートラインであることを、全員が肌で感じる時間だった。
式典の翌日、舞台はサーキットへ
翌日、空気は一変する。
舞台は、海浜幕張にある ハーバーサーキット。 ここで開催されたのが、マイポックスがスポンサー契約を結ぶ根本 悠生 選手とのカートイベントだ。
全長410m、幅6〜9m、10のコーナーと立体交差を備えたアウトドアコース。
スピードだけでなく、ライン取りや判断力が問われる、走りごたえのあるレイアウトである。
レクリエーションでは終わらない、耐久レース形式
このイベントは、単なる「体験走行」ではない。
- 6人×10チーム
- 1時間耐久レース
- 5回以上のドライバー交代が必須
- 交代タイミング・走行時間配分はすべてチーム判断
10分×1人で走り切るチームもあれば、
体力を温存しながら細かく分けるチームもある。 正解は一つではない。
チームごとの戦略と連携が、そのまま結果に反映されるレースだった。
「8分で限界」──それでも走り続ける人がいる
実際にハンドルを握ると、8分でも息が上がる。
体力だけでなく、集中力、判断力、ライン取り――
すべてを同時に維持する難しさを、参加者全員が体感した。
そんな中、改めて驚かされたのが根本選手の存在だ。
彼は普段の耐久レースで、
- 1時間を1人で連続走行
- 仮眠を挟みながらチームで耐久レースを戦う という過酷な条件を当たり前のようにこなしているという。
「8分で限界」と感じる世界と、
「1時間を走り切る」世界。
その違いは、体力の多寡ではない。
自分の限界を理解し、力の使い方を設計しながら走り続ける――
プロの“制御された走り”を、間近で見た気がした。
同じカートでも、別次元の走り
根本選手も実際にレースへ参加し、同じカートで一緒に走った。
しかし、コーナーワーク、ブレーキング、立ち上がりの速さ――
すべてが別次元で、あっという間に抜き去られていく。
それでも印象的だったのは、
ただ速いだけではなく、周囲とのコミュニケーションを楽しみ、場を盛り上げる姿勢だ。
レース中も自然と会話が生まれ、空気が和らぐ。
そのファンサービスのあたたかさも、強く心に残った。
技術も、レースも、最後は「チーム」
イベントを通して浮かび上がったのは、 レースも、ものづくりも、個人技では完結しないという事実だ。
- 誰が、いつ交代するのか
- 誰が安定して走れるのか
- 誰が無理をしすぎないのか これはそのまま、製造現場やプロジェクト運営にも重なる。
個々の技術や強みを尊重しながら、チームとして最適解を探し続けること。 マイポックスが100年続いてきた理由の一端を、サーキットという非日常の場で体感した1日だった。
次の100年へ。走り続けるために
100周年は、ゴールではない。 歴史を振り返り、翌日には汗をかき、同じ時間を共有し、同じ悔しさや達成感を味わう。
こうした体験の積み重ねが、社内の連帯感となり、次の挑戦への推進力になる。
マイポックスは、次の100年に向けて、 技術を磨き、人を育て、そしてチームで走り続けていく。
マイポックス100周年のために、GAKU-MCさんから特別な記念ソングをお贈りいただきました。
