ダイヤモンド研磨材 イメージ

目次

  1. 続報が消えた6億ドル案件
  2. 数字で見る日本の中国依存
  3. 動いたカネは「34億円」だった
  4. 私はこう見る――採算ではなく保険料

続報が消えた6億ドル案件

今年2月、日米両政府が対米投資の「第1陣」として発表した案件の一つに、工業用人工ダイヤモンドの米国製造プロジェクトがありました。総額見込みは約6億ドル、円換算でおよそ900億円。建設地は米国ジョージア州とされました。

私もこのブログで2月と3月に取り上げています。研磨材に携わる人間として、ダイヤモンド原料の供給網が動く話は他人事ではないからです。

ところが、あれから半年。着工の式典も、生産能力の発表も、続報がぱたりと聞こえなくなりました。気になって調べ直してみると、これがなかなか興味深い状況になっていました。

数字で見る日本の中国依存

まず前提の数字を確認します。

国連の貿易統計によれば、2024年に日本が輸入した工業用ダイヤモンド粉(HS710510)は約2.3億カラット、重さにして約46.6トンです。このうち中国からの直接輸入が約31.6トンと、実に7割近くを占めています。

一方の米国はどうでしょうか。米地質調査所(USGS)の統計では、2024年の米国内の人工工業用ダイヤ生産は約1.6億カラット、約32トン。しかもこれを実質2社で担っています。世界全体の生産は155億カラットを超え、中国・米国・ロシアの3か国で約99%を占めます。桁を見比べれば、世界の原料供給がどれほど中国に傾いているかが分かります。

日本の年間輸入(2024年) 46.6t うち中国からの直接輸入 31.6t(約7割)
米国内の人工ダイヤ生産 32t 実質2社体制で生産
世界生産(中国・米国・ロシア) 155億ct+ 3か国で世界生産の約99%

ここで面白いのは、米国の人工工業用ダイヤの年間生産量約32トンが、日本の対中直接輸入量約31.6トンと、偶然にもほぼ同じ規模だという点です。

ただし両統計は製品構成が異なるため、32トンの新規能力がそのまま日本の対中依存分を代替できるという意味ではありません。それでも、6億ドルという投資が目指す規模感をつかむ物差しにはなります。

もう一つ、「中国から約7割」という数字にも注意が必要です。これはあくまで貿易統計上の直接輸入です。

研磨材の世界では、欧州で分級・精製・表面処理された単結晶ミクロンダイヤであっても、上流の合成原料をたどれば中国に行き着くケースがあります。私たちが普段使っているミクロンダイヤに限れば、統計に表れる以上に依存度は高い可能性があります。

とりわけ半導体やSiCなどの精密加工に使われるミクロン領域では、原料の安定調達は加工そのものの継続性に関わります。

動いたカネは「34億円」だった

では、6億ドルの案件はどこまで動いたのでしょうか。確認できた事実を並べてみます。

国際協力銀行(JBIC)は今年4月17日、米国に設立した特別目的会社「Japan Invest 1 LLC」向けに約700万ドルの融資契約を結びました。民間銀行分を含む協調融資の総額は約2,300万ドル、およそ34億円。民間分には日本貿易保険(NEXI)が保険を付け、JBIC自身もこのSPVに出資しています。

公的支援を伴う資金は確かに動き始めています。

発表時の想定総額 約900億円 6億ドル・日米「第1陣」案件として発表
現時点で確認できる融資額 約34億円 JBIC発表分(協調融資2,300万ドル)
JBICは「本プロジェクト向け初回投資」と説明

ただし総額900億円に対して34億円。JBIC自身がこれを「本プロジェクト向け初回投資」と呼んでいる点は見逃せません。つまり中止どころか、今後の追加投入を前提とした段階的な資金供給と読めます。

一方で、JBICの発表文には、事業主体と報じられているエレメントシックス(De Beers系の工業用ダイヤ大手)の社名も、6億ドルという総額も記載されていません。少なくともJBICの融資発表だけを読んでも、事業主体や6億ドルというプロジェクトの全体像までは見えてきません。

私はこう見る――採算ではなく保険料

政治発表が実際の投資決定より先行しただけで、案件そのものは生きている。今はそう読むのが自然でしょう。ただ、視点を変えると面白いことに気づきます。

輸入額・生産額との比較で見る規模感
約18年分 日本の工業用ダイヤ粉 年間輸入額(約3,300万ドル)換算
11倍超 米国の人工工業用ダイヤ 年間生産額(約5,300万ドル)換算

日本の工業用ダイヤ粉の年間輸入額は約3,300万ドル。6億ドルはその約18年分に相当します。米国の人工工業用ダイヤの年間生産額も約5,300万ドルで、6億ドルはその11倍を超えます。少なくとも現在の輸入額や生産額を基準に考える限り、通常の増産投資では説明しにくい規模です。実際、日米の発表もこの案件を「特定国への依存度の高い」工業用人工ダイヤの製造プロジェクトと位置づけ、自動車・航空・半導体の部素材加工という用途を明記しています。

だからこそ私は、この6億ドルを単なる増産投資ではなく、供給途絶に備える経済安全保障上の「保険料」として見ています。見るべき指標は、用地の確定、州や郡の優遇措置、そして今後の設備投資の発注動向です。

研磨の現場でダイヤ砥粒を扱う私たちにとって、原料の出どころは品質とコストの両方に直結します。普段なにげなく使っているミクロンダイヤの一粒の背後で、これだけの規模のカネと政治が動いています。この静かな半年の先に何が出てくるのか、引き続き追いかけていきたいと思います。


記事No,538