はじめに
岐阜県関市の春。700年以上にわたる刃物づくりの歴史が、現在の産業へと受け継がれています。
日本のものづくりを語るとき、完成品や有名ブランドに目が向きがちです。しかし、製品の強さは、それだけでは説明できません。岐阜県関市は、そのことを非常に分かりやすく見せてくれる場所です。
関には、日本刀づくりから始まった技術が、700年以上の時間を経て現代産業へと発展してきた歴史があります。現在の関は、世界的にも知られる刃物産地の一つです。
包丁。ハサミ。カミソリ。爪切り。業務用刃物。工業用刃物。そして医療用刃物。
製品は時代とともに変わりました。しかし、「刃をつくる」という技術は、形を変えながら残ってきたのです。
「刃物メーカー」だけでは見えない関の姿
関の刃物産業は、完成品メーカーの数だけを見ても理解できません。
業界団体の構造データなどでは、刃物関連の事業者は約600とされ、次のような構成が示されています。
一方、行政統計では対象となる事業所の定義などが異なるため、約400事業所とする資料もあります。数字には集計方法による幅がありますが、共通して見えてくることがあります。
それは、関の刃物産業が、多数の専門企業による分業で成り立っているということです。
一本の包丁が完成するまでには、多くの工程があります。
関では、それぞれの工程を専門とする企業や職人が地域の中に存在し、その技術をつないで製品をつくっています。関では、地域そのものが一つの大きな製造システムとして機能しているのです。
日本刀から現代産業へ
なぜ関に刀鍛冶が集まったのでしょうか。関には、刀づくりに必要な水や燃料、材料などを得やすい環境があり、中世以降、多くの刀鍛冶が集まったとされています。
関の刀を表す言葉として、「折れず、曲がらず、よく切れる」という表現が知られています。
しかし、近代化によって日本刀の需要は大きく変化しました。それでも、刀鍛冶によって蓄積された知識は消えませんでした。
材料を扱う技術。形をつくる技術。熱を制御する技術。刃を研削する技術。仕上げる技術。
それらが、新しい製品へと転用されていったのです。
現代の「Made in Seki」
現在の関には、カイグループやフェザー安全剃刀をはじめ、世界市場で事業を展開する刃物メーカーがあります。しかし、関の強さは有名な完成品メーカーだけでは説明できません。
完成品にはブランド名が残ります。しかし、その品質を支える多くの工程は、最終製品からは見えません。
完成品には見えない工程こそ、関の競争力を支えています。そして研削・研磨は、その見えない工程の重要な一部なのです。
伝統とは、変わらないことではない
関が示しているのは、伝統の本質です。伝統とは、同じものを作り続けることではありません。
製品は変わりました。市場も変わりました。顧客も変わりました。しかし、「材料から形をつくり、刃をつくり、必要な表面へ仕上げる」という知識は残りました。
関は、単なる「包丁のまち」ではありません。技術は、製品を変え、用途を変えながら生き残ります。関の700年は、そのことを証明しているのです。
次回は、日本刀から始まった「刃をつくる技術」が、どのように包丁、カミソリ、医療用刃物へ広がったのかを追います。Vol.2を読む →
記事No,549
