私たちの日常は、見えない「熱」によって支えられています。料理を作るとき、鉄道車両の車輪を製造するとき、さらには金属部品の塗装工程に至るまで、「加熱」は多くの産業や生活シーンで欠かせない存在です。こうした「熱」を効率的かつ精密に生み出す技術として注目されているのが、「誘導加熱(Induction Heating, IH)」です。今回は、IHの中でも「周波数」に注目し、その加熱特性と身近な応用例、さらに当社の技術への展開についてご紹介します。

誘導加熱の基本原理

IHは、コイルに交流電流を流すことで発生する磁場を利用し、金属内部に「うず電流(渦電流)」を発生させて加熱する技術です。この方式では、金属そのものが内部から発熱するため、加熱効率が高く、しかも加熱ムラが少ないという特長があります。また、火を使わず非接触で加熱できるため、安全性や清潔性が求められる現場においても適しています。

 
(画像=出典:一般社団法人日本ヒートエレクトロセンター『誘導加熱技術の基礎と応用』(2021年版))

周波数によって変わる加熱の特性

IHで使われる交流電流の「周波数」は、加熱の深さやスピードに大きな影響を与えます。高い周波数では、金属の表面近くに渦電流が集中する「表皮効果」が強くなり、表面を集中的に素早く加熱できます。一方、低い周波数では電流が深くまで浸透し、金属全体を均一に加熱することが可能です。 以下は、周波数による用途の違いを表した一例です:

  • 高周波(数十kHz〜数百kHz)
    薄板や線材の加熱、金属表面の焼入れや硬化処理などに適用。産業用IH装置では500kHz〜1MHzを超える例もあります。
  • 中周波(数kHz〜数十kHz)
    中厚部品のろう付け、焼嵌め(やきばめ)、金型の予熱などに活用されます。
  • 低周波(数十Hz〜数kHz)
    大型部品の全体加熱や深部加熱に効果的。たとえば鉄道車輪の鍛造では、全体をゆっくり均一に温めるために低周波が使われます。
 

家庭用IHクッキングヒーターにおける周波数の特徴

家庭用IH調理器では、通常20〜90kHz程度の周波数が用いられています。これは、以下のような理由によります:

  • 可聴域(20kHz以下)を避けることで運転音を抑える。
  • 加熱効率と制御性を両立できる。
  • コストと安全性のバランスを保てる。

鍋底に直接渦電流を発生させることで、熱が周囲に逃げにくく、効率的に調理が行えるため、家庭のキッチンでも快適に使用されています。

 

IHの粉体塗装への応用

当社では、粉体塗装ラインの焼き付け・乾燥工程にIH技術を応用しています。部品の形状や材質に応じて最適な周波数を設定することで、加熱ムラを抑えつつ、高品質な塗膜仕上げが可能になります。複雑形状の部品でも効率よく加熱できるよう設計されており、省エネと歩留まりの向上に貢献しています。

 

今後の展望

IH技術は今後も進化を続け、より高度な温度管理やエネルギー効率の向上が期待されています。周波数の選択を最適化することで、これまで以上に高品質な製品づくりが可能となるでしょう。当社は、これらの技術をさらに磨き、お客様のニーズに応える製品とソリューションを提供してまいります。「熱」を科学し、暮らしと産業を支える。エネルギーの有効活用や脱炭素社会の実現に向けて、IHは今後ますます重要な役割を担っていくでしょう。そんな未来の技術が、IHには詰まっています。