日本酒と研磨をつなぐ入口
研磨とは少し離れた話から始めたい。 2026年4月17日から29日まで、六本木ヒルズで「CRAFT SAKE WEEK 2026」が開催される。全国の酒蔵が集まり、日本酒の魅力を発信するこの催しは10周年を迎える。統括するのは中田英寿氏で、日本酒を入口に日本の価値を世界へ伝える活動として定着してきた。
では、いま世界進出でもっとも成功している地方酒蔵の一つはどこか。山口県の獺祭を思い浮かべる方は多いだろう。品質が高いだけでなく、世界の需要に応えられる製造体制を持つことが、その強さの本質だ。先日その酒蔵を見学する機会があり、研磨関係者にとって非常に示唆深い技術に出会った。
獺祭が導入した遠心分離とは
日本酒は山田錦などの酒米を精米することから始まる。精米は文字通り「磨く」工程であり、砥石も使われるため、研磨に関わる人には親しみやすい。精米後、発酵を経た醪は最後に「上槽」、すなわち酒と酒粕を分ける工程に入る。一般的にはヤブタ式の圧搾機が用いられるが、獺祭はこれに加えて、商業ベースで日本初とされる遠心分離機を導入している。
代表例が「獺祭 純米大吟醸 磨き二割三分 遠心分離」で、無加圧で醪から酒を分離することで、香りやふくらみを崩しにくいという考え方に基づいている。
一般的な上槽方法
ヤブタ式の圧搾機を使用。圧力をかけて醪から酒を絞り出す。
獺祭の遠心分離
無加圧で醪から酒を分離。香りやふくらみを崩しにくい。商業ベースで日本初の導入。
研磨工程における遠心分離の2つの役割
遠心分離は単なる食品機械の話ではなく、研磨工程でも本質的に同じ役割を担う。大きく2つの側面がある。
① スラリー製造における液中分散
サブミクロン領域では砥粒は凝集しやすく、乾燥後の再分散は困難。液中で分級した砥粒を乾燥させず遠心分離にかけることで、均一分散を維持した中間体として扱える。
② 分級工程の高速化
微粒砥粒の分級は沈降法では数週間かかることも。遠心力で見かけ上の重力場を大きくすることで分級時間を大幅に短縮できる。
ただし「速ければよい」わけではない。回転条件・粘度・濃度・粒子形状が変わればカットサイズも変動する。工程設計なしに導入するとロットばらつきの原因になる。
ユーザーに安定した品質を届けるなら、工程を都度変えるのではなく、どの方法でどの粒度分布を実現するのかを固定し、再現性を担保する考え方が望ましい。
「分ける技術」が品質を決める
研磨では、削ることそのものに目が向きがちだ。しかし実際には、分散・分級・洗浄・異物除去・残渣管理といった周辺技術が最終品質を左右する。
01
均一分散
砥粒がどれだけ均一に存在しているか
02
粗粒・凝集体の除去
不要な粒子をどこまで抑えられるか
03
加工屑の排出
加工屑をどう系外へ逃がすか
こうした設計思想が、スクラッチ・面粗さ・加工レート・ロット間ばらつきを決める。酒造りにおける遠心分離も本質は同じで、必要な成分を残しながら不要なものを無理なく分けるための技術だ。
技術を機能で捉え直す
先週インドで、工業分野の技術を食品分野へ展開した別の事例を見る機会があったが、そこでも感じたのは、企業の本当の競争力は最終製品の名前ではなく、根底にある要素技術に宿るということだった。
もし自社の強みが「研磨材」ではなく、「分散技術」「形状管理技術」「精密分級技術」にあるのなら、その応用先は研磨の外にも広がる可能性がある。ビジネスチャンスは、既存市場の中だけで生まれるとは限らない。自社の技術を機能で捉え直した時、新しい市場が見えてくることがある。
量産と高品質は対立概念ではなく、技術設計によって両立し得る。遠心分離という一つの技術を入口に見えてくるのは、業界を越えて共通する工程設計と再現性の重要さだ。
なお、獺祭の蔵見学は予約制で一般にも開かれている。山口の山中に現れる大規模な蔵は、実際には多くの人の手と緻密な管理で成り立っている。研磨に携わる方にとっても、多くの気づきが得られる場だと思う。
記事No,405
