はじめに

研磨材の仕事を長くしていると、時々こんな質問を受けます。「半導体はあれだけ進化しているのに、研磨材はなぜ何十年も同じものを使っているのですか」。確かにその通りで、私たちが日常的に扱う砥粒は、ダイヤモンド、立方晶窒化ホウ素(cBN)、炭化ケイ素、アルミナ、シリカ、セリアといった顔ぶれで、ここ数十年ほとんど変わっていません。

研磨フィルム_アイキャッチ

目次

  1. 「新素材」がやって来ない業界
  2. 硬さには天井がある
  3. 硬さ以外の軸で起きた「材料の革新」
  4. 革新は「物質」から「粒の設計」へ移った
  5. 経済の壁と、それでも生まれる革新
  6. まとめ

「新素材」がやって来ない業界

登場した時期を振り返ると、炭化ケイ素は1893年にアチソンが特許を取得した材料であり、人工ダイヤモンドはGEが1954年12月に再現性のある合成に成功したものです。cBNも同じGEのウェントーフが1957年に合成しています。つまり、今の研磨材の主役はいずれも半世紀以上前に出そろっています。新しいスマートフォンが毎年出る世界と比べると、この静けさは不思議に見えるかもしれません。私自身、若い頃は「いつか画期的な新材料が出てくるはずだ」と思っていました。それが出てこないのには、はっきりした理由があります。

主要砥粒の実用化年表
11893年 炭化ケイ素(アチソンが特許取得)
21954年 人工ダイヤモンド(GEが合成成功)
31957年 cBN(GEウェントーフが合成)


硬さには天井がある

研磨材の第一条件は、削る相手より硬いことです。硬さの物差しとして有名なモース硬度は1812年にドイツの鉱物学者モースが考案したもので、ダイヤモンドが10、コランダム(アルミナ)が9と定められています。ただしこの尺度は順位を示すだけで、間隔は均等ではありません。押し込み硬さで見るとその差はもっと露骨で、ヌープ硬さ(kgf/mm²)の目安は以下の通りです。9と10の差が「1」に見えて、実際には数倍の開きがあります。

ダイヤモンド
7,000〜8,000kgf/mm²
cBN
4,500〜4,700kgf/mm²
炭化ケイ素
約2,500kgf/mm²
アルミナ
約2,000kgf/mm²

そして、ダイヤモンドより硬い材料は、実用の世界にはまだ存在しません。1989年にリウとコーエンが理論計算から「窒化炭素(β-C3N4)はダイヤモンドより硬くなりうる」と予測し、世界中で合成が試みられましたが、薄膜は作れても、塊として硬さを実証するには至っていません。硬さの根源は原子同士の結合の短さと強さであり、炭素の共有結合はそのほぼ上限にあります。つまり「もっと硬い砥粒」という方向には、物理的な天井があります。研磨材が同じ顔ぶれなのは、怠慢ではなく、元素周期表の側の事情なのです。

硬さ以外の軸で起きた「材料の革新」

ただ、硬さだけが性能ではありません。ダイヤモンドは高温で鉄と反応してしまうため、鋼の研削には向かず、そこでは鉄と反応しにくいcBNが選ばれます。cBNが実用砥粒として「二番目に硬い材料」でありながら独自の市場を持つのは、この化学的な相性のおかげです。

もっと面白い例がセリアです。セリアはダイヤモンドとは比べものにならないほど軟らかいのに、ガラスや酸化膜の研磨では他の砥粒より速く、きれいに削れます。粒子表面のセリウムがガラス表面のケイ素と化学的に結合し、機械的にこすり落とすというよりも「はがし取る」ように働くためで、この考え方は「ケミカルトゥース」と呼ばれ、ガラス研磨から半導体のSTI工程のCMPまで、セリア研磨の考え方の中心になっています。

POINT硬さで負けていても、化学で勝てる。これは私にとって、研磨材の見方を変えた事実でした。
cBNは鉄との反応性が低く、鋼の研削で選ばれる
セリアは「ケミカルトゥース」により硬さで劣っても高速研磨を実現


ただし、この方向にも限りはあります。硬く、化学的に安定で、相手材料と適度に反応し、しかも安価に大量生産できる物質は、周期表の中にそう多くありません。候補はすでに一通り試されていると考えるのが自然です。

革新は「物質」から「粒の設計」へ移った

では革新は止まったのでしょうか。私はそうは思いません。革新が起きる場所が、物質そのものから「粒をどう作るか」へ移っただけです。

象徴的なのがゾルゲル法で作るセラミックアルミナ砥粒で、3Mのキュービトロンやサン・ゴバンのSGといった名前で1980年代には市場に出ていました。化学組成は昔ながらのアルミナなのに、内部が非常に細かい結晶の集合体になっているため、摩耗すると大きく欠けるのではなく小さく砕け、常に新しい刃が出ます。同じAl2O3でも、切れ味と寿命がまるで違います。近年では粒の形そのものを揃えて設計する精密成形砥粒も登場しています。

従来アルミナ
摩耗すると大きく欠ける
ゾルゲルセラミックアルミナ
摩耗すると小さく砕け、常に新しい刃が出る

私たちが扱うダイヤモンド微粉の世界でも事情は同じです。同じ原料であっても、粒度分布の切り方、粒の形状、表面処理、分散の設計で、仕上がり面も加工速度も別物になります。分級を一段変えただけで、顧客の工程が安定した経験は一度や二度ではありません。

POINT「材料が同じなのに結果が違う」のは、材料ではなく粒の設計が結果を決めているから


経済の壁と、それでも生まれる革新

最後にもう一つ、技術とは別の壁があります。研磨材は、それ自体が主役ではなく、誰かの製品を作るための消耗品です。とりわけ半導体のように工程が厳密に管理されている現場では、砥粒を一つ変えるだけでも評価と認定のやり直しが必要になり、既に動いている工程を触るリスクは相当に重くなります。私の実感でも、性能が明らかに良い新材料を提案しても「今のままで困っていない」と言われることは少なくありません。新しい研磨材は、技術で勝つだけでなく、切り替えの手間に見合う価値まで示さなければ採用されないのです。

まとめ

こうして見ると、「革新的研磨材料はなぜ生まれないのか」という問いの答えは二つに分かれます。物質の意味での新材料は、物理と周期表の制約で今後もそう簡単には現れません。一方で、粒の設計、化学の使い方、分散や工程全体の組み合わせという意味での革新は、いまも静かに続いています。派手な「新素材」のニュースがなくても、研磨の現場は確実に進んでいます。私は、その地味な進歩の側にこそ、この仕事の面白さがあると思っています。


記事No,545