
富士通の発表で気になった一言
2026年9月8日、富士通が「ダイヤモンドスピン方式量子コンピュータ」のプロトタイプを開発したと発表しました。EE Times Japanなどでも報じられています。
ダイヤモンドといえば、宝石や削る工具を思い浮かべる方が多いでしょう。それが、なぜコンピュータに使われるのでしょうか。
使うのは、結晶の中に意図的に作ったごく小さな「欠陥」です。規則正しく並ぶ炭素原子の中に別の原子や原子の抜けた場所を作り、そこに生じる電子の性質を情報処理に利用します。このような欠陥構造を「カラーセンター」と呼びます。
富士通が採用したのは、スズ原子と空孔からなる「SnVセンター」です。窒素を使う従来の「NVセンター」と比べ、光で情報をやり取りするのに適した発光特性をもち、ノイズの影響も受けにくいとされます。将来は光で複数のモジュールをつなぎ、大規模化していく構想です。
量子コンピュータの詳しい仕組みは専門家に譲ります。研磨材としてダイヤモンドに長く関わってきた私が気になったのは、富士通が2025年の発表でも使っていた「高純度のダイヤモンド」という言葉でした。
➤参考:富士通プレスリリース「ダイヤモンドスピン量子ビットの高精度量子ゲート操作技術を開発」(2025年3月24日)
ダイヤモンドの「純度」とは何でしょうか。透明できれいな宝石なら、純度も高いのでしょうか。この言葉には、見た目からは分からない材料の違いが隠れています。
50ナノメートルのダイヤモンドと「中国製でないもの」
以前、量子コンピュータ関連の研究向けに、粒径50ナノメートル程度の合成ダイヤモンド粉末の手配に関わったことがあります。粒子一つひとつが単結晶のもので、関連論文で同じサイズのものが使われていたことをきっかけに、国内の大学の研究室が購入されました。
50ナノメートルは、1ミリメートルの2万分の1です。研磨材としてはかなり高価なものでした。
そのやり取りの中で、「できれば中国製でないものがいい」という話が出ました。
調達先を気にされる事情は分かります。ただ、材料を選ぶうえで国名より先に確かめるべきなのは、どう合成され、何がどれだけ含まれているかです。
そもそも中国は、砥粒や粉末を中心とする工業用合成ダイヤモンドの世界最大の生産国で、中国製を避けて調達すること自体が簡単ではない場合もあります。
また、私が扱った粉末と富士通のチップに使われる基板も、求められる仕様はまったく異なります。「研究用ダイヤモンド」にも、さまざまなものがあるのです。
「天然だから純粋」とは限らない
ダイヤモンドは炭素の結晶ですが、実際には窒素などの元素も含みます。
天然ダイヤモンドの9割以上は、窒素が集まった形で含まれる「Ia型」です。多いものでは3,000 ppm(0.3%)程度に達します。透明できれいに見えることと、原子のレベルで不純物が少ないことは、必ずしも同じではありません。
一方、研磨材に広く使われる高温高圧(HPHT)法の合成ダイヤモンドでは、窒素原子がばらばらに入った「Ib型」が典型的です。この窒素が黄色味の原因になります。
また、鉄・ニッケル・コバルトなどを含む金属溶媒を使うため、その一部が結晶内に取り込まれ、多く含むものは磁石に反応することもあります。
天然にも不純物はあり、人工でも作り方次第で不純物は大きく変わります。「天然か人工か」「どこの国製か」だけでは、純度は語れないのです。
量子用途では、何をどこまで減らすのか
研磨材では硬さや砕け方が重要ですが、量子用途ではさらに、結晶中のごくわずかな不純物や欠陥が問題になります。カラーセンターの周囲に余計な不純物や欠陥があると、その働きを邪魔し、計算や測定の誤りの原因になるからです。
静かな場所なら聞き取れる小さな声も、周囲が騒がしければ聞き取りにくくなります。背景の不純物を減らすのも、それに近い考え方です。
ただし、何もかも取り除けばよいわけではありません。NVセンターには窒素が、SnVセンターにはスズが必要です。必要な原子は狙って入れ、邪魔になるものは抑える。そうした作り分けが求められます。
そこで広く使われているのが、化学気相成長(CVD)法で作る高純度の単結晶ダイヤモンドです。減圧した装置の中で、水素やメタンなどのガスから結晶を成長させる方法で、HPHT法のような金属溶媒は使いません。原料ガスや成長環境を厳密に管理すれば、窒素などの不純物も極めて少なくできます。
例えば、Element Six社が量子用途などに販売する電子グレード製品には、結晶中の窒素の存在形態の一つである「中性の単置換窒素」が5 ppb未満、ホウ素が1 ppb未満という仕様があります。
この値は特定の状態の窒素を測ったもので、天然ダイヤモンドの全窒素量とは単純に比べられず、富士通の基板の値を示すものでもありません。それでも、量子用途の材料に求められる管理の細かさは伝わると思います。
さらに量子用途では、同じ炭素の中の違いも問題になります。炭素には、核スピンをもつ「炭素13」という同位体がわずかに含まれ、これが量子ビットにとってノイズの原因になります。富士通が2025年の発表で「高純度ダイヤモンド」と呼んだのは、この炭素13の濃度を天然の約1%から100分の1まで下げたものでした。不純物元素を減らすだけでなく、同位体の比率まで作り込む。量子用途の「純度」には、そこまでの意味が含まれています。
天然にも不純物の少ない「IIa型」はあり、HPHT法でも高純度の結晶は作られています。人工合成の強みは、目的に合った純度を狙って作り、同じ水準の材料を繰り返し用意できることにあります。
研磨の立場から見た量子ダイヤモンド
富士通は今回、数百マイクロメートルの厚さのダイヤモンドを、チップに適した数百ナノメートルまで薄くする技術も開発したと発表しています。量子用途では、硬いダイヤモンドを極めて薄く、しかも傷を残さずに加工することが欠かせません。
材料の純度を突き詰めると、加工で残る傷も無視できなくなります。例えば、表面近くのカラーセンターで微弱な磁気を測る量子センサでは、研磨で残った傷や欠陥が測定を邪魔します。
表面が滑らかに見えても、その下に微小な亀裂などが残る場合があります。研究でも、化学機械研磨(CMP)などで表面下のダメージを抑える取り組みが進んでいます。
これは、以前研磨ラボで紹介した「RaでもRzでも説明できない研磨差」に通じる話です。粗さの数値がよくても、それだけで用途に適した仕上がりとは限りません。新しい用途でも、研磨の本質は変わりません。
➢関連記事:RaでもRzでも説明できない研磨差はどこから生まれるのか
まとめ
ダイヤモンドは長年、硬さを生かして「削る側」で使われてきました。量子用途では、そのダイヤモンド自身をどう作り、どう磨くかが問われています。
ニュースの「高純度」という一言の向こうには、何を減らし、何を残し、加工でどんな傷を与えないようにするかという、具体的な材料づくりがあります。
産地や見た目の印象だけでなく、合成法と不純物、そして表面の状態で材料を見る。ダイヤモンドを扱う者として、その視点をこれからも大切にしたいと思っています。
記事No,554
