量子の次は、パワーデバイスとしてのダイヤモンド
前回は量子コンピュータと高純度ダイヤモンドを取り上げましたが、今回はパワー半導体としてのダイヤモンドに目を向けたいと思います。
ダイヤモンドはバンドギャップが約5.5eV、絶縁破壊電界は10MV/cm前後とSiCやGaNを大きく上回り、熱伝導率は約2,000W/mKとバルク材料の中で最も高い値を示します。正孔の移動度も高く、高耐圧・高出力・高放熱を一つの材料で満たし得ることから、「究極の半導体」とも呼ばれています。
実用化に向けた動きも具体的になってきました。主な発表を時系列で整理すると、次のとおりです。
注目したいのは、両社がこの3インチについて「現在研磨技術の開発を進めており、製品化に向けた準備を進めている」としている点です。結晶ができても、磨けなければウェハにはなりません。
一方で、n型ドーピングの難しさや、基板の欠陥密度・大口径化といった課題はまだ多く残されています。
研磨がデバイス特性を左右する
研磨の立場から見逃せないのは、基板表面の仕上がりがデバイス性能に直結するという報告が複数あることです。前述の佐賀大学とオーブレーの発表では、原子レベルのCMPで加工変質層を取り除き、原子レベルで平坦な表面にしたことで、キャリアによる電気抵抗を約半分に下げたとしています。
また、機械研磨で基板に残った損傷は、次のような流れでデバイス特性に影響することも指摘されています。
そのためデバイス研究では、傷や表面下の損傷、非ダイヤモンド炭素を含まない、原子レベルで平滑な表面が求められています。ダイヤモンド半導体において、研磨は単なる仕上げではなく、デバイスの土台そのものを作る工程なのです。
「SiCと同じ加工では意味がない」
先日、ダイヤモンド半導体の開発に携わる方と意見を交わす機会がありました。そこで印象に残ったのが、次のような話です。
私も同感です。SiCの加工はダイヤモンド砥粒に大きく依存しています。しかしダイヤモンド基板を同じ発想で磨こうとすると、最も硬い材料を同じ硬さの砥粒で削ることになります。
実際、伝統的なダイヤモンド砥粒による研磨(スカイフ研磨)では、結晶方位によって除去速度が10倍以上変わることが知られ、「削りにくい方向」では表面下に損傷が入り込みやすいことも指摘されています。硬さで勝負する限り、ダイヤモンドの加工は遅く、高価で、損傷のリスクを抱え続けることになります。
硬さではなく「熱化学」で削る
では「ダイヤモンドらしい加工」とは何でしょうか。一つの鍵は、普段は欠点として語られる、ダイヤモンドの熱に対する弱さにあります。
ダイヤモンドは常温・常圧では熱力学的に準安定な相であり、大気中では600〜700℃付近から酸化が始まります。また鉄・ニッケル・コバルトなどと接触した状態で高温になると、数百℃程度から黒鉛化や炭素の拡散が進みます。工具の世界で「ダイヤモンドは鉄系材料の加工に向かない」と言われるのも、切削熱によるこうした化学的摩耗のためです。
この化学的な不安定さは、見方を変えれば、硬さに頼らずに材料を取り除ける経路でもあります。
実際、この性質を利用した加工は古くから研究されてきました。700〜950℃程度に加熱した鉄の定盤にダイヤモンドを押し当て、黒鉛化した炭素を鉄に溶かし込んで除去する熱化学研磨や、高速回転する金属円板との摩擦熱を利用するダイナミックフリクション研磨がその代表です。レーザー加工も、ダイヤモンドを黒鉛化させて除去する点では同じ系譜にあります。
これらは研究室レベルでは知られた手法ですが、課題は大口径ウェハに対して温度と反応をいかに均一に制御するかにあります。基板が大きくなりつつある今、切断から表面仕上げまで熱化学的な作用をどう工程に組み込むかは、業界でも改めて検討が進んでいると聞いています。
加工技術がダイヤモンドの競争力を決める
もちろん熱を使う加工には、熱ひずみや割れ、表面に残る非ダイヤモンド炭素の除去といった課題があります。加熱で素早く形を整え、最後は化学的な作用で損傷のない面に仕上げるといった、工程の組み合わせが現実的な解になるでしょう。
大阪大学のグループが報告しているプラズマ援用研磨は、酸素を含むプラズマで表面を改質しながら磨く手法で、従来のCMPより一桁速い除去速度と、残留応力や非ダイヤモンド炭素が検出されない表面を両立したと報告されています。硬さではなく表面化学で削るという点で、これも「ダイヤモンドらしい加工」の一つでしょう。
まとめ
新しい半導体材料の実用化では、結晶成長やデバイス設計に注目が集まりがちです。しかし材料のコストと品質を最後に決めるのは、切り、削り、磨く工程です。ダイヤモンドの弱点を加工の武器に変えられれば、SiCの後追いではない独自のコスト競争力が生まれるかもしれません。「ダイヤモンドらしく削る」という発想は、研磨材を扱う私たちにとっても、これからの大きなテーマになると感じています。
記事No,560
