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シリコンの常識が通じない基板
スマートフォンの高周波フィルターに使われる弾性表面波(SAW)デバイスは、タンタル酸リチウム(LT)やニオブ酸リチウム(LN)という圧電単結晶の基板の上に作られます。シリコンに比べれば話題になりにくい材料ですが、研磨の対象として見ると、これほど考えさせられる材料は多くありません。
シリコンでは、平らに、滑らかに、鏡面に近づけることがそのまま品質の向上を意味します。ところがLT/LNでは、鏡面にしてはいけない面があり、削りやすいことがそのまま割れやすさにつながります。今回は、私自身の経験も交えて、この材料の研磨の難しさを整理します。
表は鏡面、裏はあえて粗く
SAWデバイスは、基板の表面に櫛型の電極を形成し、表面を伝わる波を利用します。したがって電極を形成する面は鏡面に研磨します。一方、裏面は意図的に粗い面に仕上げます。裏面まで鏡面にすると、表面波と同時に発生して基板の内部を伝わるバルク波が裏面で反射し、周波数特性にスプリアス(不要応答)を生じさせるおそれがあるためです。この点は、複数の特許文献で前提として説明されています。
つまりこの基板では、裏面の「粗さ」は未完成の状態ではなく、機能そのものです。滑らかにすればよい面と、狙った粗さに揃えなければならない面が、一枚のウェーハの表裏に同居しています。研磨や研削を「きれいにする工程」とだけ捉えていると、この要求は理解しにくいと思います。
黒いLTが生まれた理由
LTには焦電性があり、温度が変わると表面に電荷が生じます。デバイスの製造工程で温度変化を受けると、たまった電荷が放電し、電極パターンの破壊や基板の割れを引き起こすことが、複数の特許文献で課題として挙げられています。さらに、LTは光をよく通すため、フォトリソグラフィの露光光が基板の裏面で反射して表面に戻り、パターンの解像度を落とすという問題もあります。
この二つの課題に対応するのが、還元処理です。還元処理によって基板の体積抵抗率が下がり、無色透明または淡黄色透明だった結晶は、色のついた不透明な結晶に変わります。黒いLTと呼ばれる基板は、このようにして生まれました。帯電と光の透過という、機械加工とは別の次元の性質が、基板の仕様を決めているわけです。
私の経験:削りやすさの先にあった割れ
私は以前、LT/LNをダイヤモンド研磨パッドで磨いたことがあります。まず感じたのは、削りやすいということでした。ところが同時に、割れの問題が発生しました。削りやすさと割れやすさが隣り合わせにある材料だと、そのとき実感しました。
LT/LNが脆い材料であることは、論文や技術資料でも繰り返し述べられています。LNについては、熱衝撃で割れやすく、加熱や冷却を緩やかに行うべきだという注意もあります。また、LT/LN用の研磨組成物に関する特許には、硬質の研磨材は加工しやすい反面、ウェーハに加工歪みが残り、表面の精度が悪くなるという指摘があります。私が経験したことは、これらと同じ方向を向いています。
この経験から私が強く感じたのは、研磨条件と、資材側のボンド材の硬さなどの調整が非常に重要になるということです。ダイヤモンドの切れ味をそのまま基板にぶつけるのではなく、砥粒を保持するボンドの硬さや加工条件によって、基板が受ける負荷をどう設計するか。固定砥粒でこの材料を扱うときの要点は、砥粒そのものよりも、むしろそちらにあると考えています。
仕上げ研磨が抱える速度の悩み
では、穏やかなコロイダルシリカで仕上げればよいかというと、こちらにも課題があります。LT/LNの研磨に関する特許では、コロイダルシリカは高い面精度が得られる一方で、研磨速度が十分とは言い難いことが、課題として挙げられています。
削りやすいダイヤモンドは割れや歪みを招きやすく、面のきれいなシリカは時間がかかる。この二つの間をどうつなぐかが、工程設計の中心になります。前工程でどこまで取り、どの程度の加工歪みを残して仕上げ工程に渡すのか。資材の選定は、単独の性能ではなく、工程全体の配分の中で考える必要があります。
薄くするほど端面が効いてくる
基板は薄くするほど割れやすくなります。LTウェーハの研削におけるエッジチッピングを扱った研究では、薄化によって基板、特にエッジ部の破損リスクが高まり、エッジチッピングが生じることが指摘されています。厚さ100μm未満の極薄ウェーハの需要を背景に、ウェーハをワックスで基板に貼り付けて固定した状態で研削する方法も、特許で提案されています。
割れを考えるとき、端面は軽視できません。面の仕上がりだけでなく、端面の形状や保持の方法まで含めて考えなければ、この材料の薄板化は安定しません。
貼り合わせ基板という流れ
近年は、LTなどの薄い単結晶層を、酸化膜を介して高抵抗シリコン基板の上に設けた、POI(Piezoelectric-On-Insulator)と呼ばれる基板も使われています。仏Soitecはこれを独自のSmart Cut技術により製造しており(2020年の発表時点では150mm径、現在は200mm径の製品もラインアップ)、温度補償の機能を基板の構造に組み込んでいる点が特徴です。同社は2020年7月、4G/5G向けRFフィルター用POI基板の供給に関して、米Qualcomm Technologiesとの合意を発表しました。
バルクの単結晶を磨く世界に加えて、ごく薄い単結晶層を扱う世界が広がっているということです。圧電単結晶の加工に求められる水準は、今後さらに上がっていくと私は見ています。
まとめ
LT/LNの研磨は、鏡面を作る技術であると同時に、鏡面にしない面を管理する技術でもあります。そして、削りやすい材料ほど、条件と資材の合わせ込みが結果を分けます。材料ごとに何を狙い、どこまでの負荷を許すのか。それを一つずつ詰めていくことが、この分野の仕事だと私は考えています。
記事No,563
